左翼・新左翼・サヨクもいる明るい社会を!論

を書きたいのだが、肩こりが酷く、眼の焦点も合わなくなってきているので、ちょっと整体かどこかへ行ってきてから書こう。  内科? それは最後の手段だな。叱られるから。 人気blogランキングへ

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眼精疲労と新左翼

 もともと、視力はよいほうだったのだが、いつしか急激に低下してしまった。このブログのフォントが大きいのは、自分で読み辛いから大きくしているのである。小さいフォントだとほとんど何が書いてあるのか読めない。いまは、眼精疲労に悩まされている。肩こりの原因は、パソコンかもしれない。昔は、ワープロで執筆していたのだが、その頃は、眼精疲労も肩こりもなかった。パソコンとワープロとは、眼にかかる負担がずいぶん違うような気がする。いや、ただたんに、歳をとってしまっただけだろうが。  なるだけ、手書きでものを書くようにしているのだが、パソコンで書いた文章と手書きの文章とでは、何かが違う。文章に、グルーヴがあるのならば、手書きの文章のほうが、うねりが強く感じる。流れは、パソコンで書いた文章のほうがよい気がするのだが、グルーヴは軽く感じる。流れがよすぎるのだろう。改行が、パソコンで書くほうが少ないからかもしれない。スクリーンに機械の文字がすぐに映し出されるのは、文の流れをよくする。すらすらと書けてしまう。実際に手書きよりも格段にはやく書けるからであろう。手書きの際には、頭の思考の速さと書く早さが合わず、つねに、こころを落ち着かせておかねばならない。グルーヴは、こころの問題なのかもしれない。  手書きで書き上げたものを、パソコンで「清書」してみるとわかるが、自分の文であっても、直にパソコンで書いたものより、うまい文である。何をもってうまいというのかは定義できないが、説得力が違うのである。少なくとも、そう自分で感じるのである。  私は、ラッダイストだ。  まるで気分は新左翼である。新左翼という存在を、私は、昔から理解できないのだが、最近はわかるような気がしてきた。新左翼=過激派ではないが、その過激な面を面白く、また、頼もしく感じるようになってきているのである。新左翼が産み出したものに、とくにそう感じる。これは、いまにはじまったことではないが、音楽にしろ何にしろ、面白いのである。芸術関係は面白い。私自身は、保守思想よりも、アナーキズムにとりつかれていたのだが、それも面白かったからである。保守思想は面白くも何ともないところがよいのである。いってみれば、現実主義である。面白くも何ともない。しかし、日本国で夢を見られる時は、すでに去ったのである。次世代のためにも、年寄りは、現実主義者となって、再び、...

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剽窃・盗作・コピペについて

 このところ、剽窃や盗作やコピペについての話題をよく聞くようになったので、私見を書いてみよう。  パソコンやインターネットの普及によって、この話題が増えてきたのだろう。昔は、剽窃や盗作をするのにもそれなりの労力が要ったのだが、現在は、検索してコピペという作業をするだけでよくなった。もちろん、剽窃や盗作は、絶対にしてはならないが、これが常識となっている人間はそれほどいないのではなかろうか。普段から、文章を書く人間には常識であっても、そうではない人間には、「文を盗んでいる」という意識はそれほどないのではなかろうか。  私自身は、他人の文を盗むという行為は、厳に慎まなければならないどころか、そのようなことをするくらいならば、死んだほうがましだと思っているので、意識して盗むことは絶対にしない。しかし、「自然な剽窃」はしているのであろう。日頃から、他人の文章をよく読んでいるからである。良い文を見つけたら、それを分解して、どのように構成されているかを研究したり、暗誦してしまうくらい読み込むからである。ひょっとすると、知らずに、剽窃していたり、盗作していたり、人力コピペをしていたりするのかもしれない。それは、死ぬほどこわいことである。だから、なるだけ日本人の書いたものは読まないようにしているし、音楽も映画もTVにも触れないようにしている。外国のものは、翻訳ものでも、一度、自身のうちで自身の力によって翻訳しなければならないから、そちらに触れるようにしている。しかし、もちろん、何かを書くときには、一抹の不安は常につきまとう。  しかし、これは私という変人の特殊事例であろう。文にとくに思い入れのないごくフツウの人間には、やはり、文を作るという作業は、極めて難しいことなのであろう。たとえば、しばしば、大学教員等から聞かれることだが、「たかだか1200字程度のレポートさえ書けない学生ばっかりだ!」という趣旨の叫びがある。これには、まず、レポートの定義が大学教員ごとに異なるという現実を無視してはならない。自分(学生)の意見を重視する教員もいるし、編集能力を重視する教員もいる。これをはっきりと学生に言っておかなければならないだろう。かりに、あるテーマについて自分の意見を1200字でまとめるというレポート(しかし、これは厳密には<レポート>ではないのではないか)でも、そう簡単ではない。たかが原...

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ニコラス・ケイジ:『バーディ(BIRDY)』とファーギーとアヴリル・ラヴィーンと私

バーディ 販売元:ソニー・ピクチャーズエンタテインメント 発売日:2008/06/04 Amazon.co.jpで詳細を確認する  ニコラス・ケイジのファンだというと、なぜだか気持ち悪がられるのだが、好きなのだから仕方ない。  彼は、ハリウッド俳優にしては、見た目がよろしくない。だが、内面の格好良さが滲み出ている俳優だ。  あまり友人となることは控えたいが。もちろん、向こうからお断りだろうが。  「ヘイ、爺さん、とっととくたばりやがれ! ファック・オフ!」  本作:『バーディ』は、私が感じるに、彼の出演作のなかでも、いちばん内容がよい作品である。  彼の出る映画は、はっきりいって詰まらないものが多い。  だが、私はほとんど全作品を楽しんで観ている。彼の演技だけで充分なのだ。あの脂っこい演技が大好きだ。  ここだけの話だが、私はハードゲイである。  ニコラス君も同じにおいがする。  冗談だが。  ところで、みなさんはファーギーという方をご存知だろうか?   プリンセス・ファーギー:THE DUTCHESS~デラックス・エディション(DVD付) アーティスト:ファーギー FROM ブラック・アイド・ピーズ,リタ・マーリー,ブラック・アイド・ピーズ,ウィル・アイ・アム,リュダクリス,ザ・アイスリーズ 販売元:ユニバーサル インターナショナル 発売日:2007/03/07 Amazon.co.jpで詳細を確認する  ニコラス・ケイジとは、無関係な話だが、『バーディ』から、ファーギーを連想してしまった。いわゆるガーリー・ヒップ・ホップのなかでは、個人的に、一押しのシンガーである。  廉価版(1470円くらいだったか)も販売されているし、レンタルもできるはずであるので、一度、聴いてみることをすすめたい。  意外と、アヴリル・ラヴィーンが好きなら、気に入るかもしれない。もっとも、このブログを読んで下さっている方々に、彼女のファンがいるとはなかなか考えられないが。  ファーギーとアヴリル・ラヴィーンには、相通じるところがある。  ニコラス君?  彼とファーギーとアヴリル・ラヴィーンが一緒に、泡風呂か何かで楽しんでいる図?  想像できなくもない。  いや、想像できない。  したくない。  絶対に。  だが、もしご一緒できるなら、私は、モームの『月と6ペンス』を朗読してやろう。 人気...

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左翼論 だが、結論として、真正保守肯定論

 左翼について語る前に、ウヨク(右翼ではない)論をちょっと語っておいたほうがよいだろう。ウヨクとは、右翼思想をインターネットで知った方々のことを、主にいう。インターネットで、思想を知るのはいささかも悪いことではないが、あまりに過激なウヨクを知ってしまうのは、左翼思想を知らなければ危険ではなかろうか。インターネット上のウヨクは、他国(中国・朝鮮等)を攻撃することによって、自己を保っている節が強すぎる。従来の右翼(ウヨクではない)は、中国や朝鮮等の横暴を強く指弾してきたが、それはその政府等に対するものであった。そこに生きる一般人を誹謗中傷するものではなかった(大亜細亜主義)。  さて、左翼について語ろう。左翼とは何だろうか。フランス革命時に議長席から見て左席に座していた者たちのことをいうのだろうか。もともと、そうであるのだろう。では、日本の左翼とは何だろうか。旧・社会党や日本共産党のことだろうか。と尋ねられれば、頷くほかないだろう。しかし、左翼は党に属すものだけの特権ではない。労働組合や大学人も左翼は多くいる。いや、大多数が左翼である。右翼である、労働組合員や大学人は極めて少数である。  サヨクという言葉もあるが、これは主に、インターネットで、ブログ等でひたすら政府批判の記事を書いている者のことである。そして、現実社会では、何となく平和主義者である者のことをいう。たとえば、TBSのニュース23等を観て、感極まってしまう者はサヨクである。たとえば、現実には、「革命」など不可能だと考えているが、政府等を突くのが好きな人たちのことである。もちろん、ニュース・ソースをもとにしている。  左翼になるのには、まず、本が読めなくてならない。たとえば、K.マルクスの『資本論』くらいは読めなくてはならない。これを読んでいない左翼は、左翼ではなく、サヨクである。現在であるのなら、ノーム・チョムスキーや、姜尚中を読めるくらいでなければならない。一昔前なら、丸山真男くらいは読んでいなければ、左翼ではない。つまり、左翼になるためには、本が読めなくてはならないのである。  そもそも、右翼はあまり本を書かない。左翼は本をよく書く。したがって、本をよく読む者は、自然と左翼になりやすいのである。勉強が好きな者もそうである。左翼になりやすい。したがって、行動は起こしにくい者となる。せいぜいが、言論活動ど...

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左翼的

 しかし、あれだねえ。私(たち)のやっていることって、左翼的だよねえ。  私は、段階の盛大じゃなくて、団塊の世代ではなく、彼らないし彼女らのやっていたことを、馬鹿にしていたのだ。  坊ちゃん・嬢ちゃんたちの<運動会>だと。  いま振り返って考えてみると、団塊の世代が、もう少しうまくやっていれば、世の中はもう少しましだったかもしれない。  私にも、なぜだか、団塊の世代<的>なものは少しはある。ほんの少しだが。だから、彼らないし彼女らのこともほんの少しはわかる。  私の考え方は、団塊の世代よりも<若い>といわれること、しばしばだが(聴いている音楽などのおかげかな?)。  左翼的。  ゲリラ戦。  チェ・ゲバラ。  これを読んでいる一般の方々にお知らせするが、間もなく、日本国は、広義の法曹・司法関係者によって暴力革命が行われてしまう。  法律クーデター。  ディクテーター。  だから、みなさんも余力があれば、法律の勉強を始めてほしい。  私の人生は、あまり長くはない。みなさんの人生は、たぶん、私よりも長い。 人気blogランキングへ

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お知らせんべい

 近日中に、ブログの引越しをするかもしれません。引越し先は、おそらく、このブログでは明記しないと思います。検索して見つけ出してくだされば幸いかもしれません。  突然、このブログの更新が止まったら、引越したと考えてください。  検索してもなかなか見つけ出せないようにすると思いますが、ともかく。  実際に、引っ越すかどうかは、まだ未定です。  (あのうんこもらしには、現実社会で私的制裁を加えてやるしかないのか? 公的制裁でもよいかもな)。 人気blogランキングへ

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マルクス経済学者(マル経)とのお喋り 新自由主義経済思想とか新保守主義とか

 いつだったか忘れたが、マルクス経済(マル経)学者(私と同様、彼も耄碌した爺さんである)とお喋りしたところ、ユダヤ人の話になった。私は、ユダヤ人に対して、両面価値的な心情を持っているので、慎重に話を聴いていた。そして、慎重に彼に返答した。  マルクス関係の話は、もう一度、検討してみる価値くらいはあるのだろうが、共産・社会主義の話が、現在の日本人の心を掴めるかどうかは疑問である。たしかに、(アメリカの)新自由主義経済思想や新保守主義は、小さいけれども確実な幸せを求める、フツウの人間には危険思想であるが、その危険性からほんの少し産まれる産物に、フツウの人間は強く惹かれるのである。たとえば、人間の基本的な生活上必要な、衣・食・住も、保障は共産・社会主義が担えるが、追求するのには新自由主義経済思想や新保守主義が都合がよいのである。追求したがるのが、フツウの人間の欲望である。衣・食・住が基本的に満たされれば、あとは追求したい欲望が登場するのである。そこでは、共産・社会主義は邪魔になるのである。  しかし、現在の日本の左派・右派も、共産・社会主義<的>なものを、国家に対して求めている。この点が、アメリカ人と異なるのである。アメリカ人といって一括にすることなどできないが、彼ら・彼女らは、そもそも国家に対して、自分の生活の保障を求めることは、公言しないほうがよいことなのである。「自分の面倒は自分でみる」のが、アメリカ人の基本的な生活の態度である。日本人が、最終的には、国家に対して求めることは、単純にいって、生活の保障である。「自分の面倒は国家がみるべきだ。いや、国家がみなくてはならない」。これが、いつも国家批判に精を出している左派や、もはや保守でも何でもない自民党を支持している右派の柱である。そうであるとして、にもかかわらず、新自由主義や新保守主義の恩恵も追求したいとも思っているのである。  「愛国心」の問題も、日本とアメリカではまったく異なる。アメリカでは、国に冷たくされても、自分がその国をつくっているのだから文句をいうのは筋が違うとか、この国は<自由>の国であり自分は<自由>を追求しているのだから国から<自由>であるべきでありそんな<自由の国>を愛するのは当然だとか、その他いろいろの理由から、「愛国心」を持つのである。ところが、日本では、「愛国心」の話をするのさえ、躊躇する人...

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ここは酷いインターネッツですね! 小さい円児さんが逮捕などされたら、ほとぼりがさめるのを待って、ほかでまたブログを再開か?

 しかし、インターネッツはこわいですね。私も注意を払わねば。  このところ、小さな円児さんたちが、各地で活動を開始しておりますので、私も責任重大です。  どうか誰も逮捕されませんように(笑)。  パソコンの知識ばかりにとらわれていると、インターネット(たとえば、このブログ)で誰が何をほんとうに書いているのかといった真相は闇にあるままでは?  プロパガンダとデマゴーグ。  先ほどあった、インターネット部隊の小さな円児さんの報告では、私に関するデマが流されていたとのこと。こればかりは解決不可能ですね。  ところで、<私>とは誰かとかそういった点は、私にももはやわからなくなってきております(笑)。  パラノイア。  先日は、<新橋>で、小さな円児さんが会社員相手に、司法制度改革のアジテーションをかましたそうです。部下や弟子の暴走は、もはや私にはとめられない状態です。ある小さな円児さんは、ある法科大学院(犯罪行為が横行している)で証拠収集をしていますが、これもいつ暴走してしまうのか、不安で一杯です。  盃。  ここまでやりはじめた以上、少なくともいまは、やめられませんね。まるで大東亜戦争のようなどでかい不安?  発信者情報。これは重要な情報ですが、偽っても偽らなくとも、真の発信者にはたどり着けないかもしれません。真の発信者がただ一人である場合。しかし、そうではない場合。  難しい問題ですね。  いったい発信者とは誰のことなのか。  真の。  村はずれの気違いが決起すれば、ミャンマー軍事政権のようになります。気違いは一人でいれば、たんなる気違いですが、決起すれば天使のような、悪魔のような軍になります。  あ? ミャンマー軍事政権?  まったく、気違いにもほどがあるな。  しかし、天使のような、悪魔のような、気違いがミャンマー軍事政権なみに組織化されると? 人気blogランキングへ  ←参加しています。よろしければ1気違いクリックをお願いします。

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白井駿先生の『犯罪の現象学』を宣伝する

犯罪の現象学 新版―犯罪に関する法哲学的研究 著者:白井 駿 販売元:白順社 Amazon.co.jpで詳細を確認する  白井駿先生の、『犯罪の現象学』の新版が出版されましたので、当ブログでも宣伝させていただきます。  白井先生の御著書は、西欧の人権擁護論に疑問を感じている、刑事法を学ぶ方には、うってつけです。もちろん、法実務家の方が読んでもそうです。そして、哲学に関心・興味があり、刑事法などをも学びたいと考えている、素敵な方々にもお薦めです。  昨今の刑事法(学者)には哲学がなくなった、と考える方々には、白井駿先生のような偉大な先生もおられることを知ってほしいのです。  <人権>そのものに疑義のある方々には、あまり薦められないのかもしれませんが、むしろ、そういった方々が、『犯罪の現象学』を読んでみたほうがよいのかもしれません。  白井先生は、新版のあとがきで、「論文ではなく書籍というかたちで世に出したのがよかった」というようなことをお書きになられております。私自身も、これには頷けました。  素晴らしい書籍ですので、法律や哲学に関心・興味のない方にも、一度、手にとってみてほしいと思いますので、書店に行った際などには探してみてください。 人気blogランキングへ  ←参加しています。よろしければ1クリックをお願いします。

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靖国神社と玉串料

 靖国神社に玉串料を納めていますが、何か問題でもありますか。  靖国神社の<運営>は大変なのです。  たとえば、現在の大学の<運営>が大変なのと同じようなものです。  政教分離? 憲法違反? そういうのならば、大学も助成金等を国から受けているわけであり、憲法違反ですね。憲法学者等の言い訳は、同業者等くらいにしか通用しません。  すくなくとも、私には通用しません。  私たちのために、殉じてくださった方々のために、玉串料を納めるのが憲法違反であるのならば、現在の憲法学者等の大好きなアメリカには政教分離などどこにもないという事実を、日本国民にきちんと報告してください。  靖国神社を目の敵に、いつまでもしていると、大学の<運営>は立ち行かなくなるかもしれませんね。靖国に対する、呪縛をかけていたのは、大学人です。もういい加減にしておいたほうが身のためでしょう。  日本の文化や伝統を、ことさらに強調するつもりはありませんが、<輸入主義>に対する、歯止めのためにも、少々は主張いたします。  大学人や左翼マスメディアが、いかにいかな嘘をついていたのかなど、私がいうまでもありません。しかし、その嘘の揺り戻しで日本社会には大変な現象が起きています。  反論は、随時受け付けますが、本のなかの靖国神社や伝聞による靖国神社の話は、相手にしませんので、一度、自分の身体で確かめてみてください。 人気blogランキングへ  ←参加しています。よろしければ1クリックをお願いします。

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『ナンバー23』 ジム・キャリーについて

ナンバー23 アンレイテッド・コレクターズ・エディション 販売元:角川エンタテインメント 発売日:2008/04/04 Amazon.co.jpで詳細を確認する  ジム・キャリーのファンであるので、この『ナンバー23』を先日観たが、彼の演技は良いものの、内容は個人的にはうんざりするものだった。  日常的に、パラノイア(偏執狂)気質の人間と人生をともにしているせいかもしれない。そして、私自身も狂ったところがあるせいかもしれない。  昨今のハリウッド映画に限らず、アメリカ映画のほとんどすべてが大衆向けに制作されているから、内容は、どんな映画も大差ない。大衆に受けるためには、マーケティングも重要だろうが、あまり奇抜なものや奇をてらったものや芸術的なものは制作しない方が良い。なぜなら、興行収入こそがあそこの映画のほとんどすべてであるからだ。  「アホでマヌケなアメリカ人」  「アホでマヌケなチビザル野朗」  本作:『ナンバー23』もそんな人間向けに制作されている。比較的詳細なレビューは、アマゾンに譲るが、内容は過去の似通った映画の寄せ集めに過ぎなく感じた。だけれども、ジム・キャリーの演技は、やはり良かった。コメディをやらせれば最高な俳優だが、このような映画でも良い演技だった。たとえば、『トゥルーマン・ショー』は、コメディに分類されているようだが、わたしの観る限り、涙なしではとても観ることができなかった。   トゥルーマン・ショー(通常版) 販売元:パラマウント ジャパン 発売日:2006/04/21 Amazon.co.jpで詳細を確認する  これをゲラゲラと笑いながら観ることのできる人間の心理は、私にはわからない。  彼のコメディ映画でいちばん好きなものは、『ライアー・ライアー』である。   ライアー ライアー/デラックス・エディション (ユニバーサル・セレクション2008年第5弾) 【初回生産限定】 販売元:ユニバーサル・ピクチャーズ・ジャパン 発売日:2008/05/15 Amazon.co.jpで詳細を確認する  ともかく、私は、アメリカの映画を観る際には、俳優で選ぶことにしている。内容などどうでもよい。  しかし、パラノイアにはうんざりだ。 人気blogランキングへ  ←参加しています。よろしければ1クリックをお願いします。

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村はずれの気違いによる恋愛論 恋人達よ、何があっても離れるな!

 村はずれの気違いも恋愛に興味がある。とくに若者達の恋愛に興味がある。それは、自身の若い頃を思い出させてくれるからである。年寄りは、若者に関心を示しているべきだ。なぜなら、若者こそが現在なのであるからだ。耄碌爺さんは、現在とはいえない。私を含め、老いぼれは、老害であり、後進たる若者にはやく道を譲るべきなのであるが、なかなかそうはいかない。だからこそ、せめて、若者に注目しているべきなのである。  とくにその恋愛に。  私自身も、若者であった頃には、恋愛にとり付かれていた。生きていることが、恋愛であると錯覚してもいた。恋愛をするということが、生きているということであると錯覚してもいた。その錯覚は、いまでも素敵な錯覚として、胸に生きている。たとえば、あのときのあの人は、今頃なにをしているのだろうか、とかと思いをめぐらすことができるのも恋愛をしていたおかげである。もちろん、相思相愛が恋愛の最良であるのだろうが、いわゆる片想いも素晴らしい。なぜなら、片想いほど身を焦がされることはなく、深く心に残るものであるからだ。  今頃、あの美しい人は、元気で生きているだろうか。私を振って、仕合せになったあの人は。  美しい人が、その美しさ通りの人生を歩めるということはないが、それでも、美しい人は徳だ。美しい人は、才能である。美しさは、才能である。しかし、その才能が人生の邪魔をすることがある。そして、取り返しのできない事態となる場合がある。才能は、ギフトであるが、それには細心の注意が必要だ。才能は、他者の自尊心を深く傷つけるからである。美しい人の悩みは、おもにそういったことだ。才能を捨て去ることもできない。才能とは、本人そのものでもあるからである。  私は、美しい人が、お化粧をしたり、着飾ったりするのをみるのを好む。才能の飛躍をみるということであるからである。才能が飛躍するのをみる、瞬間というものは、人生における最も素敵な瞬間だ。生き生きとした人をみるのは、とてもいい気分だ。しかし、そこに横たわる深淵こそ、私のみたいものだ。それは、哀しみだ。  「チャンスのドアは、一度だけ開くけど、気付かないうちに、ぱたんと閉まってしまうの。わたしが願っても、もう二度と開くことはないのよ」 TRAINーTRAIN 販売元:セブンアンドワイ セブンアンドワイで詳細を確認する   人気blogランキングへ ...

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RSSって、

ローリングストーンズはストレートエッジ、という意味かな。 人気blogランキングへ

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プロ棋士って、

パソコンでも大活躍なんだね。プロキシと呼んだほうがカッコイイかもね。 人気blogランキングへ

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村はずれの気違いが唱える暴力肯定論

 いわゆる戦後民主主義社会においては、暴力というものは否定されてきた。言論で解決するべきであるとされてきた。たしかに、規範的意味合いとしては、言論で解決するべきであろう。しかしながら、言論を高く掲げる者たちは、他者(たいては弱者である)の言論は封殺してきたのである。言論という規範は、自己を擁護する程度の意味合いしかなかったのである。たとえば、戦後民主主義を代表する、日教組は、生徒の言論を鉄拳制裁で封殺してきた。生徒が、「愛国心」を言論すれば、問答無用で鉄拳により封殺してきたのである。これが、いちばん解り易い例であろう。その結果として、インターネットにおける言論では、「愛国心」を語ることが当然となっているのではないのだろうか。「愛国心」を語るインターネット・ユーザーは、日教組のような言論封殺機関によって成立せしめられているのである。むろん、日教組のみが言論封殺機関ではない。教員・教師を個別に診たときには、他者の言論を封殺するような規範を持っている者は、少数であろう。ところが、組織員としての教員・教師となると、話はかわってくるのである。  戦後民主主義は、数を増やすことを、とりわけ重要視してきたのである。そういった目的のためならば、他者の自由な言論を、暴力によって封殺するのは肯定されてきたのである。すなわち、民主主義とは、数の暴力なのである。圧倒的多数が勝利するのが、民主主義の基本原理なのである。そうであるから、<細胞>を増やすことが最優先されるのである。細胞さえ増やすことができたのならば、とりあえず、自らの民主主義は達成せしめることができたということである。すなわち、民主主義とは、暴力なのである。いわゆる戦後民主主義とは、暴力にほかならないのである。しばしば、民主主義は愚衆や衆愚であるとされる。それは、暴力で達成せしめられる主義であるからである。独裁と民主主義は同義である。民主主義を標榜しているだけ、独裁よりも質が悪いのである。独裁は独裁であるから悪であると断罪することができるが、民主主義には逃げ道が無数に織り込まれているのであって、それだけ質が悪いのである。  何も民主主義を否定するつもりはない。むしろ、民主主義を高く高くどこまでも高く、掲げることに賛成したい。しかしながら、その手段に異議申立をしたいのである。言論の自由という隠れ蓑があり、隠れ蓑を持たない弱者を、...

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ぼくたちの十年戦争 カラース

ぼくたちの十年戦争 それはただの足の引っ張り合い ぼくたちの得たものは憎しみくらい それがぼくたちの十年戦争 失ったものはかけがえのない親切心 それがぼくたちの良心だったのに そう、ぼくたちは良心を失った かけがえのない大切なものだったのに 競争心は向上心なんかにならなかった ただの足の引っ張り合い ぼくたちの得たものは憎しみくらい 向上心なんかぼくたちには持てなかった 良心があったから 生きていくために ぼくたちは交換したんだ もっと役に立ちそうな競争心とやらに ぼくたちの十年戦争 もっと役に立ちそうな競争心は ただの足の引っ張り合い ただの揚げ足取り ぼくたちには向上心は競争心からは 生まれやしなかった 生まれたのは憎しみなんだ 憎悪 悪いのはぜんぶ自分以外の誰か 悪いのはきっとぼくなんだ 良心 そう、良心さ ぼくたちの十年戦争 カラース ぼくのカラースはどこにいるの どこへいってしまったの 老いぼれ爺さんとロスト・ゼネレーション カラース 親切心 同胞よ、この戦争を終結させないか 良心の美名のもとに 人気blogランキングへ

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携帯電話等(パソコン以外)から閲覧している広義の法曹関係者のみなさん(携帯から更新)

 しかし、読み辛くないですか? わざわざ携帯(パソコン以外)から閲覧は?  ログに残らないはずだと考えて、パソコン以外からアクセスしてくださっているのでしょうかね? そんなことは全然ないので、読みやすいはずのパソコンからのほうがよいのではないでしょうか?  広義の法曹関係者のブログ等には、パソコンでアクセスしているのに、なぜ私のブログには携帯を主としてアクセスするのでしょうか? 甚だ疑問です。  私を危険人物だとお考えで? ならば、それはある意味では正しいのですが。ある意味では正しくはないのですよ。  パソコン関係については、いわゆる理系の知識も重宝しますが、<アナログ>的な、人海戦術のような方法のほうが、大事なのです。  ちなみに、私はブログを更新するにあたって、つねに、<アナログ>的な、人海戦術を駆使しておりますので、<私>には理系の、パソコンの知識のみでは辿りつけないようにしています。かりに、<私>が<逮捕>されるようなことがった場合にも、<私>は平然としているはずです。ヒントは、<小さな円児さん>です。  ともかく、もういろんなことがわかっていますので、このブログを読むのならば、なるだけ読みやすい方法のほうが、お互いのためだと思料します(わざわざ、人気Blogランキングから入ってくる必要もどこにもありません)。  なお、<法律関係以外>の<学生さん>も、どんな学生さんが閲覧しているのか、当方、把握しています。どうぞ読みやすいかたちの閲覧方法をとってくださいな。  (一般の方々は、この記事は気にしないで下さい)。 人気blogランキングへ

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瀬尾佳美准教授さん問題で青山学院大学は検索に忙しいらしい(携帯から更新)

 青山学院大学は大変だね。瀬尾佳美准教授さんという方の問題が、ブログで書かれるとたまらないからね。すぐにアクセス、ごくろんさん。  某所から連絡、あり。  日本IBMさんもいい迷惑だろう。被害者みたいなもんだ。旦那さんもいい迷惑だ。被害者みたいなもんだ。グーグルもいい迷惑だ。被害者みたいなもんだ。私もいい迷惑だ。被害者みたいなもんだ。  まったく、ふざけるんじゃないよ。  小便がまたしたくなってたまらないんだ。誰か飲んでくれないか?   ところで、青山学院大学は、私みたいな極右で、ファシストのことをどう思ってるんだろう? 聖書に小便かけたみたいな瀬尾さんのことも、どう思ってるんだろう?  ああ、小便したくてたまらないんだ、青山学院大学さん。  リモートホストを隠しても無駄なんだからさ。  さっさと処分決定を出したほうがいいんじゃない? みんな、もう面倒くさがってるよ。大学に匿うなら匿うで、それはそれでいいんじゃない?  糞もしたくてたまらないんだ。なんか好きらしいじゃん、そういうの。  そういうの。好きみたいじゃん。  首にするならするで、それはそれでいいんじゃない? 瀬尾さんはコネも金もあるんだろうしさ。ほかの大学等の顔色を窺うこともないんじゃない? 自分達で決めればいいんじゃない?   どちらにせよ、もはや、この事件を知っている日本国民は、もはや知ってしまったという事実を生涯、抱えて生きていくんだろうけれどもさ。  もういろんなことが手遅れなんだからさ、なんでもいいんじゃない?   しかし、携帯からの更新は疲れる。  人気blogランキングへ

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携帯からなんつかかんつかして、更新してみる 青山学院大学瀬尾佳美准教授って誰?

 今、出先だから携帯から(たぶんパソコンを通して)更新してみる。まったくたいした話題などないのだっけれど。  そろそろ靖国へ行かなくてはならない。なぜって、報告があるからさ。内容は秘密。  ところで、青山学院大学の瀬尾佳美准教授問題の記事に、総務省からもアクセスがあった。グーグルからもアクセスがあったようである。  あるいは、総務省もグーグルも何らかのつながりがあるのか? なんてね。  憶測は控えよう。  しかし、先ほどから小便を漏らしそうだ。馬鹿者どもがうるさいからだな。たぶん。  いやはや、瀬尾さんの処分は、「まだかーい」という声がうるさいよね。どうでもよいね。  瀬尾さんはコネクションがあるだろうから、まあ、どうってことないに違いない。金もあるだろうし。大丈夫さ。言論活動、頑張るべきだ。頑と張るべきだ。私のように。  体臭、いや、大衆に迎合する必要はないのだろうしね。シュー、シュー、烏合の衆。  ッ事情変更の原則。  キチガイのための原則。  ひとりじゃなんにもいえないくせに♪  いまはみんなと一緒だマンね♪  ウーマン。うんこまん。何だかうんこもしたくなってきた。烏合の衆に糞をぶっかける?まさか。瀬尾さんでもあるまいし。瀬尾さんだって、そんなことはしなかった。  だが、村はずれのキチガイはやるかもしれない。  迫害される前に迫害してやれ!  ぼくの好きな先生♪  マザファカ!  ガデム・マザファカ!  嫌よ嫌よも好きのうち。LOVE.. XXX 人気blogランキングへ

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«哲学について 村はずれの気違い論