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企業ファシズム・コーポレートファシズムについて

 まず、会社とは何だろうか。会社法上の会社ではなく、予想される通常人の立場から定義する。会社とは、通常人が集まり、何らかの役割を得て、報酬を受け取る場所とできるだろう。もっとも、これは働く通常人からみた定義であるので、会社の定義のひとつに過ぎない。会社法上は、社員とは株主のことをいうのであり、働く通常人は従業員である。また、その会社を利用する通常人からみれば、サービスを受け取る場所、かつ、組織である。組織といえば、これはどのような立場の通常人にもいえるのから、会社とは組織のことである。この場合の組織とは、経営が主体であるから、企業とすることができる。すなわち、一般にいわれる会社とは、企業のことである。

 次に、ファシズムとは何だろうか。ファシズムとは、狭義の定義では、イタリアのファシスト党のことをいう。広義には、全体主義、また、権威主義および独裁、自由の極度の制限をし侵略政策を採用して、合理的思想体系を持たないことをいう。

 現在の企業は、私が先にあげた定義が善の部分である。その定義は、一般的であり、そこには何らイデオロギーはない。すなわち、社会的に制約され偏った観念は何らない。しかしながら、それは抽象レヴェルの定義であるから、そうなのであって、具体レヴェルにおいて定義しなおせば、企業とは、私があげたファシズムの定義にかっちりあてはまろう。広義のファシズムの定義にあてはまるのではないか。

 企業の内部から見ても外部から見ても、企業は全体主義的である。全体主義と言い切ってもいいだろう。なぜならば、企業は、個人に対する全体の優位のもとに成立しているからである。たとえば、従業員は、個別具体的な意見は持てないのが原則である。ほとんどすべてにおいてマニュアルがある。そこから逸脱した発言をすれば、応用できる従業員として褒め称えられる場合よりも、責任を問われるだろう。それが権威主義である。盲目的服従を求めるのが企業である。しばしば、従業員は、顧客のために自己を卑下しなければならないのも、その論拠となろう。ところが、顧客も神様のように仕立てられているだけで、実際には、獲物に過ぎない。それが侵略政策なのである。その政策には、経済的合理はあっても思想体系はない。思想体系の体系は余計なのである。そのようなものを持てば、融通が利かなくなるのが企業に解っているからである。融通とは、従業員のための融通でもなく、顧客のための融通でもない。企業全体の融通のことである。

 ファシズムの特徴として、実体の無さがあげられよう。企業がファシズムの定義にあてはまるのならば、やはり、そうなのである。企業には、その業務内容以外の実体はない。あるといえば、金儲けである。私見は、金儲けこそが企業の実体であるとする。なぜならば、ファシズムは資本のあるところに出現してきたからであり、第一次大戦後もそれは変わらず、唯一の理念だからである。

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